音の葉

音楽を聴いて感じたこと

Since I Left You - The Avalanches

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"泡のように弾けては儚くも過ぎ去っていくいつまでも終わりたくないサマーバケーション。極彩色の長大サンプリングオーケストラ"

 

太陽がやんわりと照り始め、やがてギラギラと突き刺さんばかりの光線に変貌していく。誰もが夏休みは永遠に終わってほしくないと無垢な少年少女のように、幼子の頃に帰れる。夏というのは1年を通して最も記憶に焼きつくトロピカルな幻想であろう。このアヴァランチーズの1枚はそんな刹那へと瞬時に引き戻してくれる極上の名盤なのだ。

ハッキリ言おう、アヴァランチーズを聴かずして夏を過ごすなんて、ホントにもったいない。

 

アヴァランチーズはオーストラリア出身のサンプリング集団である。サンプリング集団という言葉の響きから薄々感づく人も多いだろうが、彼らは完全なる変態集団だ。当初メンバーは6人いたのだが、他の4人は途方も無いトラックメイキングに完全燃焼してしまったのか脱退。現時点でのメンバーはロビー・チェイターとトニー・ディ・ブラシの2人だけになってしまった。このアヴァランチーズだが、2年前に突如実に16年ぶりの新作を発表し、コアな音楽オタクたちをざわつかせた。さらには翌年のフジロック2017の出演、今年に入ってからも渋谷VISIONでのDJセットでの来日、フジロック2018にも深夜の出演が決まるなど16年間の空白を取り戻すかのようにここ日本においても精力的にパーティーサウンドを撒き散らしている。当時は知らなかった人もこの復活を機に知った人も多いのではないだろうか。知る人ぞ知る存在であった彼らがますます現代においてファン層を拡大していくさまを見ていると、現在進行形で夏の代名詞をかっさらうというくらいの勢いだ。

 

この問題のデビューアルバムはなんと3500枚以上のレコードから900曲以上の曲の部分部分をかいつまんで繋ぎ合わせたのみで構成されている。果てしなく膨大な時間をかけて作られ、既存のジャンルすら飛び越えて、これだけの純然たるポップさと圧倒的クオリティで世に解き放ってしまったら話題にならない方がおかしいだろう。2000年という一つの時代の節目に、誰もが体験したことのない新たな音楽の到来を告げた記念碑的名盤なのだ。それからというもの何年かに何度かはアヴァランチーズの新作制作中というウワサがちらほらと飛び交うのだが、ハッキリとした確証もなく、セックス・ピストルズと同じように1枚で後世に巨大な爪痕を残した伝説の存在と思われていた。しかし、誰もが待ち望んだ16年ぶりの復活を果たし、再び世界中の注目を浴びる。当然この大名盤も息を吹き返すようにあらゆる音楽リスナーを巻き込み始めるのだ。

 

煌びやかなアコギの旋律で太陽が昇るようにこのアルバムは大名曲「Since I Left You」で幕を開ける。50〜60年代あたりのソウル歌手を思わせる伸びやかな女性の声が聴き手の耳を安らぎで覆い尽くす。そこへ潮風が磯の香りを運んでくるかのように、サンプリングコラージュの一粒一粒が黄金比率で歌声ととろけるように融合を果たす。夏が主役のロードムービーのオープニングは、季節の到来とともに高らかに開幕宣言をする。そこから先は完璧な流れで1つの波にさまざまなサウンドが乗っかりながら、緩やかかつダンサブルにサンプリングオーケストラが鳴らされる。その様はいつまでも終わらないサマーバケーションを思わせる。もはやあらゆる音楽のコラージュ大作なので、ジャンルなんてものは無意味なのだが特徴を言ってしまえば、根本にダンスミュージック、さらにはネオサイケデリア、ヒップホップ、エレクトロサウンドに近いだろう。はっきりとした実態を持たないサウンドであることに変わりはないが、その時その時の聴き方によってあらゆる側面が見え隠れするカメレオンのような変貌性、なんでもありのごちゃ混ぜブラックボックスとでも形容できるだろう。秒単位でサウンドコラージュを施し、それらの元ネタは50年代からのソウルシンガー、ラッパー、フルートなどが混じるオーガニックサウンド、さらにはオーケストラ、クラシック、古典ジャズetc...から成る。その全てを解剖することは到底不可能だが、これだけの曲を細かく切り刻み、編集しながらも決して散漫な印象は与えず、むしろ一本の映画を観させられているかのような一貫したテーマ性を見出しているのには誰もが賞賛をするところであろう。一枚通して聴けば分かるがノンストップでこれらの曲は繋ぎ合っているため実質「Since I Left You」の名を借りた一つのアートとして結実するのだ。

 

このアルバムはとんでもない音楽知識と突出したセンスが生み出した、音楽の未来、新たな姿を今よりも18年も前に提示しているのだ。今年の夏は今聴いても新鮮味溢れるワンダーランドに飛び込んでみてはどうだろう。