音の葉

音楽を聴いて感じたこと

Elephant Shoe - Arab Strap

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"目覚めることさえ望まない、時が止まったような永遠の錯覚。ベッドルームミュージックの最高峰"

 

この1枚を部屋のCDプレーヤーに入れた瞬間、時間という概念の干渉を許さないスロウで怠惰な空間が形成される。それこそ真夜中に聴いて世界観に浸る分には何の問題もないのだが、これを例えば晴れた日の朝なんかに聴いてしまうと、やるべきことなんてどうでもよくなって、ただただ身体を横たえるだけの置物と化してしまう。それほどの魔力がこの1枚には秘められている。実際、僕はこのアルバムのおかげで何度も学校に遅刻しかけている。冬場のベッドから離れられないように、とてつもない吸引力が無抵抗な身体に働きかけてくるのだ。

 

さてこのアラブ・ストラップだが、彼らはグラスゴー出身の2人組から成るスロウコアユニットである。スロウコアというジャンルに聞き馴染みのない人もいると思うので説明をすると、文字通りスロウなテンポでクリーンサウンドのギターがメインとされている。そこから生み出される情景は、さながらどこか遠い異国の風景、この世とあの世の境界線、永遠に続くのではないのかと思わせる夢の中の世界といった妄想を駆り立てる。

外部の喧騒とはかけ離れた静謐かつ耽美な世界へ誘われてしまうのだから、部屋のベッドで何も考えずぼーっと宙を見つめてこの音が流れている空間に身を委ねるのがシンプルに最も効果的な聴き方だと僕は思う。というかもはや聴くという感覚すら、意識に置かずに生活の音として捉えて聴いてしまう。とても外で聴くような音楽ではない。先ほども書いたが外部の喧騒にかき消されてしまってはこのアルバムの意味がなくなってしまうからだ。

 

極端に音数を減らし琴線にふれるメロディを奏でるギター、テクノやトリップホップの気配をも感じさせる無機質なドラム、それらに呼応し独り言でも囁くかのようにひたすらポエトリーリーディング風に語りかけてくるボーカル。サウンドの主な構成要素は鬱だったり怠惰という一貫した感情で塗りつぶされてるようにも思える。人によってはこのサウンドを不気味だと評する人もいるかもしれないが、ダウナーでどこまでも底の知れないぬかるみに足元を掬われたようにずぶずぶと沈んでいき、多幸感とも甘美感とも異なる負の感情によって生じる一種の陶酔感が自身の心の中を渦巻く。先ほどの例を簡潔に言ってしまえば、毎日が夏休み、それもただ扇風機をつけっぱなしにしながらただベッドで横たわるあの感覚が呼び起こされる。世間の喧騒から解放されたとてつもなくパーソナルな空間は"無"という感情意識に支配され、ときにこのアルバムのサウンドの存在すら耳から遠ざかる瞬間があるのだが、またときに心の隙間に入り込む瞬間というのも確かに存在し、自身の潜在意識に波紋のように共鳴するのだ。これはブライアン・イーノが提唱したアンビエントミュージックの在り方に極めて近い。私たちの生活に自然に馴染み、聴くこともできるし聴き流すこともできる。自由気ままに吹き抜ける一陣の風のように、こういった自然的な事象はとても自分の感情のみでコントロールできるシチュエーションではないが、この1枚のおかげでそんなシチュエーションが実現できてしまう。別の世界に連れ去ってくれる感覚とでも言った方が伝わりやすいかもしれない。

 

無限大に広がる心地よさと上質なまどろみを身体に共鳴させよう、このジャケットの少女のように。怠惰の世界へ誘う悪魔の力を借りて、どんな物音も届かぬ深淵世界への扉は目の前にある。